「百年杉」⇔「皮膚」脳機能維持

皮膚の話の続きである。

建築とは、たまたま杉を使う事がある…という業界であるのだが
以前も記したが、その中での杉の割合も5%なのか1%なのか…

されど杉を…「百年杉」を100%に捉えて継続していくと
見えてくるものがある。

ここに2枚の「木のしおり」がある。
白いモノをその部位と木目から「白柾(しろまさ)」
赤いモノをその部位と木目から「赤板(あかいた)」という名前をつけたとします。

(上が白柾。下が赤板)

 

この2枚はまったく同じ大きさ厚さなのですが…

目を閉じて何度触れ直しても
その「白柾(しろまさ)」と「赤板(あかいた)」を間違えようがないのだ。
100発100中で…
見ないで指先の感触のみでその存在を言い当てられるのだ。

我ながら、私たちが有する指先の1/1000ミリ識別能力は凄いのである。

そして前回その推論を記したように
「皮膚」は我々「貝殻」をすっ飛ばして、直接ヤドカリである「脳」に進言しているらしい。

このように「皮膚は考えている」のであれば
加齢による脳機能低下を避けるために
暗記やなんらかの脳トレーニングを課している人たちと同じ発想で…

「皮膚に1/1000ミリの凹凸の識別をさせて…
かつ触れて「好感触」と「ヤドカリ」である「脳」が感じるモノ…
…でそれらの行為をすることは充分に脳機能維持効果があるのではないだろうか。」

なにしろ「皮膚」と「脳」はどうやらホットラインでつながっていて

さらに「皮膚」が単なる高感度センサーではなく

独自に思考分析した「好状況~注意報~警報」として「脳」に「私たち」をすっ飛ばして連絡しているのであれば

どんな「私たち」が意識して実施する脳機能維持の為の策よりも効果は高そうではないだろうか。

 

もちろん、この「木のしおり」でもいいのだが
おそらく愛で過ぎて、厚み0.7ミリの「木のしおり」は早々に割れてしまうでしょうから
頑丈な「好適な感触で微細な凹凸」のある2個のモノがあって
それをいじって、2個のそれぞれの存在を100発百中で当てたり…
ただただニギニギするだけでも…
脳機能維持に役立つのではないだろうか?

現在、私の大切な友人が製作にトライしてくださっています。

以前にも記したが
我々が触れて好適な感触は「吸湿性」である。

「呼吸」しない素材はダメ。繰り返します。「吸わない」のは×。

 

私たちの指先より常に発している湿気を吸い取ってくれる素材が「好適」の肝である。
一見ツルツルでもガラスやビニルでは
触れた際に、指先から放出される湿気がベタベタして不快に感じてしまうのだ。

更に我々の「五感」は全てママの体内で完成しているのであるから
もっとも好適な触感は胎内より…内側より触れたママの人肌であるはずである。

ママの「肌触り」を安心・安全の触感として体内に刻み込んでそれと著しく異なる不快な感触を用心・不安全の触感という価値観を持って、そういう「”いのち”を太くする触感と削る触感」という価値観を持って私たちはこの世に出てきたのだ。

そう人肌は「吸湿性」があります。
その「人肌」以外の素材で最も人肌に近い触感の素材とは…

人肌のように…
温かく、柔らかく、しっとりとした素材
=これは単なる杉ではなく…精油分豊富な高樹齢な杉材=「百年杉」ということになるのである。さらには「木目」の年輪が明瞭であって、その年輪の個体差を1/1000ミリの凹凸の識別可能な指先が2個の違いを見ないで言い当てる事が可能な樹種となると、ヒノキでは年輪がおとなしすぎて、やはり杉という事になろう。

そう考えると「百年杉」の端材の有効利用というより

「百年杉」でなければ…

人肌に最も似た感触の木であって、更には明瞭な年輪の微細な凹凸がある木片に触れ続ける事

による脳機能維持という大きな恩恵にはならないようなのである。