“薬草”無き安定した自然界の西洋は
「食べ物が常に足りない環境であり
自然界が人間の“いのち”を救ってくる“魔法”を有さない…
単なる害のない植物しか無い環境」なのだが
思考し続ける時間はあるので学問は積みあがっていきます。
戦いによる殺し方も大切なヒトを守るための生かし方も
効率的な移動の方法も…
ありとあらゆる物質の効率的な製造方法も確立していきます。
産業革命もそうでしょうね。
学問が積みあがりますから
国家だけでなく「個」としての尊厳。
マイノリティ…LGBTの方々の尊厳まで
市民は思考可能なコミュニティになっていきます。
よく称賛される「北欧のデザイン」がわかりやすい。
夜は長く、外に出れば死んでしまうような極寒なのですからね。
「考える時間が豊富にある」のではなく
「考える時間」しかないわけです。
うつうつとした長き冬季と夜ですからね。北欧の自殺率は低くない。
対して“薬草”を育む多様な力強い大自然の東洋は
常に環境の変化にさらされていますから
思考を積み上げていく時間が少ないので
コミュニティを奪い続けるのも自然界の猛威であれば
“いのち”を救うのも自然界の結晶たる“薬草”なので
自然界には降参してリスペクトして
人間は自然界に生かされている思考が支配します。
八百万の神なんかもそうかな。
しかし、流されてはリビルドの連続のマチづくりは
思考の継続や積み上げの時間を奪い
悲しみと喜びの連続はあっても
学問や“人間の叡智”が積みあがっていかないので
全体の継続のための行動は身についても
「個」の尊厳であったり、「議論」の重要性には結びつかないのである。
現在のこの国では
今の!損得が早くわかる人間を“利口”と考える社会になっています。
“利口な人間!とは、それくらい品格が無い。
質問に徹底的に「答えない」現与党の国会答弁などは
まったく東洋文明らしい保身のメンタリティであろう。
西洋では末代まで恥じ入るような
あり得ない言動でしょうからね。
就職活動中の
まるで制服のような同じ衣服の女性とかもそう。
「世間体(せけんてい)主義者」に身を落としているよね。
そんなんだから
世界120位の女性差別社会をいつまでも変えていけないのだろうね。
選考者が望む衣服ではなく
あなたの着たい!
あなたに似合う衣服を着て
あなたらしく…美しくかわいくあるべきである!!
こうやって「東洋と西洋」という比較を
考え続けてきたのだが
対症的な「How(どのように病気に?)」の発想に極する西洋医学と
体質改善的な「Why?(なぜ病気に?)」の発想という
病気になりづらい生活を思考する東洋医学との
関係性も理解しやすいのではないだろうか。
そして現在のこの国は東洋にありながら
コロナ禍においては、対症医療~医学一辺倒の感を持ちますよね。
超!近視眼的な対症作戦の継続ですね(ため息)。
これではいつまでも戦争を無謀に吹っかけては
いつも負け続ける国のままでしょうね。
東洋にあるのに…
西洋よりも“厄介な西洋的な”不思議な国民になってしまったなぁ。
やはり人類の思考や文化を決定づける
その根底にあるのは自然界の性(しょう)のようなモノではないだろうか。
わたしたちの生活に近い部分で言えば
栄養価値の高いお野菜や香る木材などの質量であり
それを育む土壌であろう。
人類はそれくらい自然界の環境要因に支配され続けている感を持つものである。
もう一度言う。
わたしたちは植物の質量…それを育む土壌の影響を強く受け続けているのである。
化学物質まみれの「住まい」に住んで
便利でヒトを劣化させる電化製品まみれの
ライフスタイルの継続をしている場合ではないのである。
心身の五感たるセンサーがまともに働かなくなってしまう。
わが国はこの地球上最もパワフルな自然環境を有する島であるはずである。
梅雨があって雪が降る…この地球上唯一の島である。
多様な梅雨が淘汰をうながし、しぶとい“いのち”をつくり
安定した冬季が多数の“いのち”をつくる。
まさに「質量」。
「これだけ多種多数かつ栽培可能期間が長くお野菜が育つ国は無い。」と
サン・スマイルの松浦智紀さんから教えていただいたことがある。
その①で記した小島理恵さんに
欧州で、はやりだしたという
雑草さえも生かしたガーデニングの話を聞くと
「そんなことをしたら日本でしたら
暴力的な野草の繁茂によって…お庭じゃなくなるわ(笑顔)。」
と教えていただいた。
そしてわたしが愛する杉はこの国の多湿な森の恵みであって
わが国の貴重な固有種である。
とにかくこの島は
植物の質量が世界最大の「植物大国」の島なのである。
●この国でこどもに裸足で泥んこになって自然界で遊ばせずに
テーマパークやタブレット偏重の“遊び”をさせること。
●この国で「木の無い化学物質のみの住まい」に住んで
こどもたちが持って生まれた素質を開花できずに苦しませること。
●この国で農薬まみれのエフワン種のお野菜ばかりを食べ続けること。
そういうことをし続けていれば
奇跡の植物の島だから「気づける」機会を逸し続けて
過ぎた西洋の思考に飲み込まれて
洋の東西を問わずにさらに超えた次元の
「世間体(せけんてい)主義」に磨きがかかる危険性はないだろうか。
一刻も早く
必ずある「答え」を早く解く人間が優秀という教育方針を辞めて
「正解は無い」のだが
幸せな人生のための行動という方法論を
絶えずあきらめずに
思考を継続していくことの大切さの「気づき」こそを
目指すべき教育の到達点ととらえるべきではないだろうか。
「打倒!世間体主義」を果たした後に
「東洋と西洋の融合」による豊かな人類の未来を切り開くのは
“奇跡の植物の島”の民であるはずだ。
床を変えてベッドを変えて
ともに前進あるのみである(笑顔)。
(この項 おわり)