『百年杉』の専門会社 加藤木材

※本稿は弊社代表の加藤政実とスタッフのbooとの共同執筆となります。
どの文章が加藤なのか…ではなくそのすべてが共同執筆となっています。

【百年杉】による実に多様な「幸せに…元気になった出来事たる感想」
15年以上に渡っていただき続けてきた弊社なのですが
その「なぜだろう?」に関しまして、多くのご要望をいただき続けてきましたので
弊社代表の「加藤政実の考え方」として、ここに一旦まとめる事といたします。
まだ加藤は書き続けていますが、全部で20項を超える長編になりそうです。

加藤は「お客さまの感想」をそのままにせず
「なぜ?なんだろう」の探求のアクセルを20年近く踏み続けてきました。

【百年杉ラボ】(構成メンバー非公開。ドクターや医療従事者を含む複数のメンバー構成)のメンバーと
「なぜだろう?」に関しての勉強を十年以上に渡って継続してきましたので
科学的な研究結果なども引用することが予想されますが
それらの科学的な「事実」と他の「研究結果」を加藤が結ぶ言葉に関しましては
どうしても「推論」になりますので、その点を了承しながらお読みください。
あくまでも「加藤の考え」に過ぎないということです。
それでも要望が多いので整理して公開する事といたしました。

これらの「なぜ?【百年杉】で元気になるのだろう?」に関しましては
「マンガ(絵本)仕立てにした作品」がございます。
この作品はちゃんと科学に敬意を払いながら、「加藤の考え」に関しては封印しながら…
ちゃんと、どこに出しても問題が無い資料として作成しています。
本作品は、いつかきっとお役に立って、多くの方々の希望となる事でしょう。

けれども本稿は様々な異論!があることを承知の上でのアウトプットになります。
ある意味、この世の森羅万象の事象…
特に高度に進化した深淵なる人体の「身体のめぐり」のすべては
現在の科学では解明されていない分野ですので
どうしても「こうなのかもしれないね」という着地点にならざるを得ません。
ですから…そういう観点をご理解の上お読みください。

加藤の頑張りや勉強してきたことをそのままにせず
一度まとめて残したい気持ちよりここに記します。よろしくお願い申し上げます。

●そしてもう1点重要な補足をさせてください。
加藤はたしかに勉強家ですが、いわゆる木材供給者の方々…
加藤以外の木材供給者の方々は、少し極端な表現ですが
誰一人として「杉の魔法」に関しての探求をしていない印象を持ちます。
本当に誰一人として実行していません…。少ないのではなくてゼロですね。

弊社には多様な業種の方々が加藤に会いたいと…お越しになるのですが
林業~木材流通~木材販売業という木材供給者は1名も加藤に会いに来ていません。
15年間で0名なのです。言わば業界人の誰一人として
加藤のライフワークたる「杉の魔法の探求」には興味が無いのです。

いわゆる「植林」に関する記述が残っているのが平安時代ですから
(奈良時代の日本書紀にはスサノオノミコトが植林のような行為を推奨している表現が記されています)
この国の「山の畑」としての先人の行動は、記録に残らない…
かなり以前からおこなわれていたことが予想されます。
この国の特異な気候(梅雨があって雪が降る地球上唯一の陸地)がもたらす適度な負荷は杉に限らず
食す植物を含めて「魔法使いのごとき植物」を多種産み出し…さらにはその個体数も豊富です。
この星において、こんな陸地はわたしたちの島以外には存在しません。

わたしたちが住む島は、この星のオーナーさまである植物のスキルがギュッと詰まった
「高品質&個体数多数という奇跡の質量の植物の島」です。

ですから、この国の木材供給者が不勉強なのではなく
わが国では(杉を含む)日本の木に囲まれた住まいによる健康的な恩恵に関しましては
研究不要な「当たり前の恵み」であり続けたと推察できます。だから、しょうがないのです。

似たような事象として
「旬の地元の(四里=16キロ四方の…)お野菜を適量頂き続けることによる医者いらず」
…のような言葉が日本各地に残っています。
やはりこれもこの国の偉大な「魔法使いのような植物」
その季節に必要な…恩恵のある植物を食す重要性を指している言葉です。

栄養学を否定するつもりはありませんが「何が身体に良いの?」ではなく
和食文化とは、身体に必要な「食」は日々、刻々と変化し続けていて…
12か月×(上~中~下旬)3旬=36の旬の
居住地周辺の植物をいただく大切さを指し示している数千年にも及ぶ経験学問です。

画一的で安定的な気候の欧州では、植物にも負荷がかからない。
欧州ではわが国との比較において、植物の栄養価も低く生育期間も短く品種も少ない。
負荷がかからない“いのち”とは
「あれ買って!これ買って!」に応え続けている親の子どものようなモノです。
小さな“いのち”は一定の乗り越えられる負荷の継続が無ければ
“しぶとい”いのちまでに成長しません。

負荷とは大き過ぎれば死んでしまうけど…
適度な乗り越えられる負荷こそが
しぶとい命の生育に必要な唯一の要因であるはずです。
ちょっと、うがった言い方になりますが
栄養学とは大した栄養価しかない植物の欧州だからこそ
生まれた学問のような気がいたします。

「雪が降って梅雨がある」というこの国の特異な気候が適度な負荷(ストレス)を産み
その結果「魔法使いのような植物」を多数育て続けているのです。

桜前線がわかりやすいのですが
この島国において遠く離れてしまえば暦も数週間違ってくるのです。
地のお野菜の恩恵とはその暦の旬のお野菜の“いのち”をいただく点にあります。

同温度同湿度の気候の「春⇔秋」において
「デトックスの春のお食事」~「ストックの秋のお食事」という
真逆の方向性の「食」をいただくという事もそうです。

「キビシイ冬季を越えて代謝が悪くなっている身体のめぐりを目覚めさせるために
アクの強い植物をいただいて体内のアクを出す春のお食事と
キビシイ冬を乗り越えるために天高く馬肥ゆるストックの秋のお食事」という…
栄養学とは比較にならない(失礼)
きめの細かい経験学問が和食文化にはございます。

こんな「春⇔秋~真逆の食」も…科学的立証はされていませんが
ある意味、学問不要だったのです。先人の言う事(=経験的な教訓)を聞いていれば
誰もが健康的に生き続けられたという偉大な経験学問こそが、わが国の和食文化なのです。

現在のこの国の健康の根拠である
「Aという物質が体内のBという細胞に対してどう作用しているのか?…」
とは、まるで対局のような言葉ですよね。ほんと情けない国になってしまった。

ですから、この国において旬の地元のお野菜をいただき続けることや
(杉を含む)日本の木が身近にある住まいによる健康なんて
「当たり前の恵み」であり続けてきたのですから
「なぜそうなるのだろう?」なんて発想は千年以上…誰も考えたことが無かった。

欧州のアーティストさんたちはこう口をそろえます。
「素材の選択はたいした問題ではない。それがたとえ石ころであろうとも
そこに情熱を持って息吹きを注ぐ人間の叡智(おそらく神に近づく行為であろう)
にこそ価値があるのだ!」
まさに一神教の誇り高き価値観。自己啓発!カッコいい!

それに対して、かつての「和食の達人」の道場六三郎氏はこう語っています。
「素材の選択で勝負あり!である。旬の食材を超える技巧など、人間ごときにあろうはずもない。」
この世のすべての素材に価値も意味もあるのだと考える八百万の神たる多神教の考え方!
屑(くず)はあれど、ゴミは無いという哲学!屑も使いようだというクラフトマンシップ!

どちらが良いというわけではありません。
気候の違いが植物のスキルを変えて
それは価値観を越えて宗教にまで大きな影響を与えているのだとわたしは考えています。
植物の質量が哲学どころか国家観さえも決めています。

ある意味、この国とは、明治維新までは
「科学不要の奇跡のパワフル植物の島」だったのですからね。
多種かつ個体数豊富で高品質な「着る植物」「食す植物」「住む植物」(=衣食住)との
コンタクトさえ継続していれば、誰もが等しく幸せな一生。
天災は多いけれども、でもそのたびに…
再び「植物との衣食住」をきっかけに先人は立ち直っていったのでしょう。

まさに植物資本主義

ですから、この国の木材供給者が、木が身近にあってのhappyに関しての…
「なぜだろう?」という理由の探求なんて発想は
世代(親子)間でも、まったく継承されてこなかったのでしょうね。
そしてそれが今でも続いているのでしょうね。
だから彼らには青い鳥が見えていない。
そうでもなければアウトサイダーとして
数人くらいは「杉で元気!」の探求をしているはずでしょう。
「杉で元気!」が立証されれば、そこに乗りたいけれど…
自ら探求する意思の無い木材供給者がallなのは道理なのです。
(加藤はアウトサイダー中のアウトサイダーです)

また、欧米では、(負荷のかからない)その低湿な安定した気候により
「魔法使いのような恩恵」をもたらす木じたいが存在しませんから
これはこれで「魔法使いの木材の探求」は不可能です。
欧州人の建築人は「無害だから木を使うまでさ」なのです。
有用な適材適所という発想じたいが無い。
なぜなら「魔法使いの木」が無いからね。木や植物へのリスペクトが足りません。
「植物なんざ人間がコントロールする無害な存在さ」って感じ。
でもそれはしょうがない。植物によってヒトが幸せになった経験が無いのだから…。

「(適度な)負荷の継続こそが偉大な植物を産み出します」

けれども日本列島より多湿で多様な負荷のかかる熱帯雨林では
杉を超えるような「超スーパー魔法使いwood!」も存在するのでしょうが
その環境負荷が強烈過ぎて、絶対的個体数が足りないため(多品種少個体数)
人間生活に取り入れた瞬間に「超スーパーwood!」は絶滅確定ですので
やはりこちらはこちらで「魔法使いの木材の探求」は不可能なのです。

そう考えてみますと「住まいの木のお陰による健康」のような探求は
外国人でも可能なのですが、日本列島で探求しないと、この星では無理なのです。

ですから加藤が世界で唯一の
「魔法使いの木材の探求」を継続する木材供給者なのです。
(もちろん数は少ないですが探求し続けてくださる学者さんはいらっしゃいます)

「加藤が世界一の木材供給者」ではなく
「加藤は世界で唯一の木材供給者」なのです。

加藤を身近で20年以上サポートし続けていて…
こうやって書いていて不思議な感じなのですが(笑顔)これはどうやら事実なのです。
以上に理由により、加藤以外の木材供給者が不勉強というのは正しくないのです。

そうやって考え方を整理したうえで
加藤という人間のみが、この国において数千年間不変だった
住まい素材の「パワフル木材と土(紙)→ビニル&プラスチック」という大転換による
「居住者の身体のめぐりの結果」の違いについて
逃げずに…積み上げて検証してきたのですから
それをそのままにして…加藤の死後は消し去ってしまうのはもったいないと考えて…
ここに一度記すということです(別に加藤が体調不良というわけでもございません…笑顔)。

上記のような意図と意志を…くみ取っていただきながら
まるで「加藤の存在理由」のような話をお読みいただければありがたく存じます。

「加藤政実の仮説」

この星の哺乳類は毒ガス渦巻く大気がおさまってから上陸した生き物の末裔ですから、「毒ガスイチコロの身体のつくり」が共通します。そして人類は皮膚の無毛化を経て、この地球上で、もっとも発達した皮膚を有する哺乳類となりました。皮膚のセンサー能力の鋭敏化とは「攻める」ためのものでは無く、「気配」を察知して「(災害や天敵などから)早く逃げて生き残る」ためのものだったのでしょうから、現在もわたしたちの優れた皮膚は周辺空気に毒ガスが含まれていないか?を中心に探知し続けているのではないでしょうか。

後述いたしますが、おそらく人類には100万年以上の皮膚の進化の過程において、この地球上の空気中に含まれるすべての物質とホモサピエンスが健康的に生きていく為のその適量が継承されています。経験的にわたしはそう考えざるを得ない。

ですから、わたしたちの【皮膚】は常に毒ガスが無いか?という「周辺空気の質」に注意を払い続けていて…もっと言うなら怯え続けていて…世界に類を見ない、わが国独特の…直近100万年間で、たった60年くらいしか経験したことの無いオンリープラスチック&ビニルという(まるで)レジ袋住宅内の揮発性化学物質を「毒ガス」と誤認して「呼吸を浅くして」身体も守ろうという判断をしているのではないだろうか。

もっと具体的に言及するなら、鼻孔の奥の上咽頭(じょういんとう)に対して狭窄(きょうさく=内部が狭まり内腔が狭くなること)の指令を出しているのではないのだろうか!

鼻の奥は上咽頭(じょういんとう)という場所になります。

上咽頭とは鼻の穴の奥にある内腔がビッシリと繊毛で覆われたホースのようなところで、取り込んだ空気中に含まれるウイルスなどを含めた異物をその毛に絡ませて除去してウイルスなどを鼻水と一緒に体外に排出するという作業をする場所です。ですから鼻呼吸できない子がインフルエンザや風邪をひきやすいのはまったく当然なことなのです。

加藤の仮説を上記のように記してみると
これを一見で理解できる方は少ないと思いますが
彼はとても重要な提起をしているつもりです。以降、加藤が丁寧に説明していきます。
ですから加藤の推論に無理やり賛同する必要はありませんが
こういう各種の研究結果と数百人の「お客さまの声」の連続から
加藤はこう思っている…ということをご理解いただきまして

簡単に騙されないと言いますか…
しぶとい賢者になっていただく題材にしていただければ、たいへんありがたく存じます。

(つづく)