小島理恵:(株)Q-GARDEN代表取締役
1971年横浜市生まれ。1994年信州大学農学部森林科学科を卒業し、大手造園会社に勤務。
2008年に独立し、造園業「Q-GARDEN」の事業を開始(11年に法人化)。2010年オーガニックな庭造りをめぐる提案が内閣府による起業支援の対象に選定。2016年に商品を監修した、環境ビジネスエージェンシーの「アーバン・シード・バンク里山BONSAIロジェクト」がグッドライフアワード環境大臣賞のグッドライフ特別賞を受賞。2019年に企画・設計協力した、NPO法人渋谷・青山景観整備機構の「青山通り 緑のおもてなし風景街道」が都市緑化機構など主催「緑の環境プラン大賞」シンボル・ガーデン部門の緑化大賞を受賞。
https://q-garden.com/
加藤政実:(有)加藤木材 代表取締役
木の香睡眠研究家。1964年生まれ。高校を卒業後、木材製品市場に住み込みで修行。北海道から九州までの日本の木を毎日担ぎ経験を積む。全国の多様な杉を見て触れて目利きを養う。
現在は最高品質の百年杉しか扱わないというこだわりにより、個体差の激しい杉の「目利き」として存在感を放つ。百年杉を取り入れた建築や百年杉を使った家具しかやらないという旧来の縦割りである…木材流通…建築屋…家具屋でもない素材横断業務の【百年杉屋】の代表である。
対談②「植物の国の経済学(仮)」加藤木材×Q-GARDEN
加藤:
小島さんの自宅の寝室に、【百年杉】の床板を敷かせてもらったけれど、使ってからどれくらい経ちました?
小島:
3か月です。最初は頭が痛くなって、2、3週間なぜかしばらく体がだるくなって、発熱も…
加藤:
はっきりとした科学的な根拠を得るのは難しいのですが、東洋医学の方々からは、いわゆる「好転反応」と考えられる症状だと教わってきました。呼吸が深くなるからか、血液の量も変わるし、血管の太さも変化する。本来持っている小島理恵の、その年齢なりのこの季節なりのコンディションの2~3割減でこれまで生活していたんですよ。きっと。大抵、その人の「住まい」に要因があります。それが改善されて身体の循環のようなものが回復すると、急にスピードの出る車のようになるから、最初はちょっと調子が悪くなります。例えば、3歳未満の女の子の場合、二日後には38度5分くらいの熱が出たりします。ほんとにいろいろな事例を見続けてきました。
小島:
私の四十肩も治りました。床板を変えただけで!
加藤:
杉に直接触れることで、身体が柔らかくなるような話はたくさんうかがってきました。
食べるものや住むところは、本当に気を付けないと、きちんと選ばないと怖いんです。
食べ物といえば、このまえ映画『SEED』を観たのですが、長年にわたって栽培されている在来種(*1)は急速に失われて、大半が消滅してしまっているんですよね?米国では、20世紀中に野菜の種子の94%が消滅したとか。
(*1)在来種は、ある地域に古くから存在する生物種(下位区分である亜種、品種なども含む)やその系統を指す。
小島:
私も観ましたが、あれは本当にそうなのかなあと疑問に思って。日本は違う気がするな、と思いながら観ていました。あれはアリゾナやメキシコなどの、ちょっと生物相が貧弱な地域の話なので、日本はそんなことないと思います。固有種(*2)の野沢菜とか高菜とか、地域特有の菜っ葉とか、意外と残っていますよ。ヨーロッパと日本とでは、植物の野生種の品種数がそもそも5~10倍くらい違います。
(*2)固有種は、特定の限られた地域にのみ生息する生物種。
加藤:
これも自然栽培農業の友人から聞いたんですが、野菜や野草も種類が全然違うんですよね?
小島:
日本はおそらく野草の品種も多いし、同じくらい多いんじゃないでしょうか。細菌も多いはずです。
加藤:
木も同じです。
例えば、カナダは安定した気候だから、自分の種族を増やすのは楽で、全部同じフォルムの森林。ヨーロッパの乾燥した場所の木は、木材からは香りがしません。やっぱり木の匂いこそが、防虫とか防腐など魔法のような力の源ですからね。日本では、沢山の香りのある木の種類も量も豊富にあって、計画植林といって(簡単ではない計画ですけれど)、まるで農業のように杉、ヒノキなどが育っていく国は、世界中を見回しても無いですよ。
小島:
そもそも、他の国ではそんなことは出来ないですよね。
加藤:
東京は、冬の間は北半球の都市の中で一番乾燥しているストックホルムよりも乾燥していて、夏は一番湿気のあるローマよりも湿気があるといいます。日本は、雪が降るし梅雨もある気候という地球上で唯一の島。やっぱり雪が降るような気候だと安定するので、数が増やせる。だけど夏は、虫、紫外線、雨、風、台風・・・いろいろな環境要因があるので、しぶといものしか生き残れない。だから種類は多いけど、数が少ないんですよね。
小島:
そうです。だから日本の植物は、多品種にすることによって生き残るんです。
加藤:
日本みたいに、冬らしい冬があって、夏らしい夏があって、みたいな所は他に無いですからね。植物としては、もう世界ナンバーワンの質量の島。植物の恩恵が回ってヒトにまで届くような図式になっている。だから、この国は、昔から男があまり遠くに出ていかないから困ってしまうんですね(笑)
小島:
鎖国していても、この国だけでやっていけましたからね。海もあるから。海藻もあるし。
韓国の場合は、すごく乾燥するのと、土が岩盤なんです。だから韓国の山を見ると、松みたいな木しか生えていません。日本のようなフカフカした黒い土が無いんです。
加藤:
韓国は、鉄鉱石が沢山採れたところ。『日本書記』には、その金銀を運ぶために杉(とクスノキ)で船をつくりなさい、と書いてある。「金銀」というのがいわゆる鉄鉱石。韓国に杉の船を送って戻ってきたら、今の福岡あたりから一気に鉄が日本中に広まったんです。その時に不思議と杉も日本中に一気に広まり、味噌などの発酵食文化もセットで広まったのです。とにかく、鉄と発酵食と杉は、全部同時に九州から広まりました。
小島:
杉が発酵食に良いって、なぜ知っていたのでしょうか。試したんでしょうかね。
加藤:
それはわからないなあ。今の学問って横断の仕組みになっていないから。杉ばかり専門の人もいれば、シルクロードの歴史ばかり研究している人とかいますけれど、それぞれ研究が分断されているからね。専門以外のことは知らない人が多いですよね。
とりあえず、この国(日本)は、「植物の国」なんだということを再確認しました。
小島:
日本のように、放っておいても勝手に沢山の植物が生えてくるのは、ヨーロッパでは考えられませんからね。
加藤:
かといって、熱帯雨林の国の場合だと、硬質でしぶとい植物だけが残るとはいえ、今度は個体数が少なくなって数に限りがあるから人間社会に生かせませんよね。
小島:
そうですね。環境が過酷すぎて。
加藤:
だから、理想のバランスなんですよね。この国が。土もそうかもしれないですね。
小島:
土の専門家の藤井一至先生(*3)が、植物が生えないと土って出来ないことを、本に書いていました。最初に岩の窪地みたいなところに種が飛んできて、その時はまだ岩なんですよね。そこに落ち葉とかが落ちることによって、段々土になっていく。
小笠原諸島なども、鳥の糞や羽に種が付いて運ばれてきて、南洋の植物がついて、火山で噴火して隆起した窪地に種がついて、たまたま雨によってその種が育つと、落ち葉が段々土になっていく。だから、植物が無いと土は出来ないし、土が豊かでないと植物は豊かに育たないということです。
(*3)土の研究者。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。
加藤:
地球上の土って、7種類しかないんですって?大雑把に分けると。
だけど、全然研究されていないらしいですね。
小島:
今まで誰も土に興味なかったんでしょうね。お金にならないと思って。
戦前あたりから、世の中お金にならないことはしなかったから。資本主義で。
加藤:
いわゆる「表土」ということかな。今あるその土も、何十万年、何億年もの間、台風、紫外線、嵐というプレッシャーの下にずっと晒されてきたのだから、今回の新型コロナウィルスのような一つのモノのみが繁栄できるわけがない。
小島さんと出会った時、バラが農薬まみれで苦しみながら栽培している人が多いというのを私が知った時期だったんです。杉のチップを土の上に置いただけで、杉の香りで虫が来なくなったということがあって。虫が来なくなったことが良い事かどうかは別問題として、そのような植物が持っているもの自体で無限の可能性みたいなものがどうやらあるということを、ガーデンのプロである小島さんに伝えたくって。だから、初対面なのに、捕まえて長々と話してしまって(笑)でも、「それ、面白いですね!」って小島さんが言ってくれた。それ以来、いつか一緒に何かできないかなと。
私は「百年杉屋」といって、木材は売るけど百年杉だけのものを売っています。百年杉の家具ならつくるよ、百年杉がスペックインする建築だったらやりますよ、というスタンスです。つまり、「素材横断業務」です。建築の素晴らしさではなく、木の素晴らしさを伝えたいです。要するに、木が身のまわりにあればハッピーになるだけのことだから。
どうしても工務店もリフォーム屋も設計屋さんも、やりたいことはそれぞれ専門のことになります。いわゆるその専門業務の決裁のご契約のハンコをもらわないと前に進まないので、農薬入れようが化学調味料をふりかけようが仕方ないということになってしまうのが現状です。それが専門性の問題です。
専門性が過ぎるとダメなんですよね。効率化がダメなのか。
小島:
専門に深くなることは良いと思います。効率化はダメですよね。
加藤:
多様性も踏みにじって、要領の悪い人は死んでしまえ、みたいなことですし。お金も必要だけど、お金のみを抽出して、そこだけを取ろうとするし。効率化ってきっとダメですよね。
特に木なんてものは、スピリチュアル話を理解していないとダメだと思います。
私も百年杉をネット販売していますが、とてもじゃないけど、私の会社以外からネットで木を買うなんてしたくないです(苦笑)。樹齢200年くらいの木に「ちゃんと切らせてください」とお願いもしないで切られた木が、安い値段で流通で回っていく。そんな木は、人を幸せにしません。かえって人を病気にしてしまったり、色々と不思議なことが起こります。だから、木は誰から買うかで幸せか不幸かが決まるんです。だけど、設計士や工務店は、木をマテリアルとしてしか見ない。”いのち”として見ていない。建築業界は、ユーザー側の「もっと安く」の要求を、木材供給者に要望することが仕事になってしまっているので、極端に言えば、どんどん皆が不幸になっていく感じがします。あんな木を仕入れて売っていたら当たり前だよね、というパターンを沢山見聞きしてきました。
今の人たちは本当に危険です。木をホームセンターで買うとか、野菜をスーパーマーケットで買うとか。
小島:
木材も野菜もいまや工業製品ですよ。海外で切ってきたものをただ輸入してきたり…
加藤:
【百年杉】が人々を幸せにしてきたのは何故かというと、香りの強さや濃度だとか、おそらく精油分の豊富さです。目安としては樹齢です。紀伊半島の昔の紀州藩、今の県でいうと和歌山・三重県は、やはり昔から京都を相手にしているところだから高品質でなければならなかった。静岡は良い杉ができる要因があるのに、大関クラスの杉しか作りにいかないのは、顧客の半分は東京だからではないでしょうか。東京より京都の方が最高品質を求めてきたのではないでしょうか。現在主流の主伐材は樹齢60年くらいの杉が多く出回っています。でも旧紀州藩の森には、樹齢100年、150年、200年という、最高級品質の杉が未だに沢山残っているのですが、売れないから伐られない。香りが良いのに、誰も扱わないので、100年ものの杉を専門的にわたしたちが取り扱うことにしたのです。関東や東北の杉では高樹齢資源が少なすぎて持続出来ないんです。東北はもともとブナ(橅)やコナラの森林でしたが、「拡大造林政策」によって30年くらいで全部切りつくして、そこに杉を植えてしまいました。
小島:
あの時の拡大造林政策で植えた杉じゃ、まだ若すぎますよね。あと、間伐をしていないですし。
加藤:
会津藩の屯田兵が北海道の利尻島に入植したらしいのです。一息ついてから、「望郷植林」と言うらしいですが、会津から杉の苗を持って島に戻ってきたという。利尻島に杉が生えているんですね。亜熱帯のような屋久島から亜寒帯のような地域まで棲息する、こんな樹木はないですよね。だから、杉って凄い生命力があります。本当は多湿が好きだから、東北あたりだと良い杉の生産はなかなか難しい。けれど宮城県の製材所の丸平木材(株)さんは、海に近くて雪が少なくて温暖なので東北の中でも良い杉である、ということを売りにしています。
小島:
仕事としては、本当は材木屋さんは木材だけを扱っている方が、経済的には効率が良いですよね。私のガーデニングの仕事でいえば、ひたすら新築の外構をやっている方が経済効率が良い、ということになります。その後の植物のメンテナンスをするとなると手離れが悪いので、儲からないから皆やらないのです。儲かる、儲からないの基準で考えると、専門性を高めていった方が良いです。例えば、建築も設計なら設計ばっかりひたすら書いている方がいいし、作る方も言われた通りにただ作っていく方がいい。分化、特化していった方が経済効率的には良いのです。
今日みたいに、総合的にお互い違う分野の人と会って、こんな会話をしていても、経済的に何も生まれないですよね(笑)
加藤:
けど、楽しいよね。なんだか自分の人間としての上積みを感じることができて。以前はわからなかった領域が自分の目で見えてくることがあって、すごく楽しいよね。
最近、大阪のゴッドハンドの整体師の方と話しているのが楽しくて、今まで全然知らなかったことを知ることができます。ただ、杉もヒノキも使わないから私の仕事にならない、ということになりますが(笑)
小島:
それは今までの経済観念から言うと、お金にならないですね。ただもう、今回新型コロナウィルスの影響で、あれだけ世界中で政府がお金を配ってしまったし、貨幣価値なんてなくなるでしょうね。段々、お金の価値ではない世界になっていく。それでいいのではないでしょうか。まさにドーナッツ経済学(*4)ですね!
(*4)英国のケイト・ラワースによって提唱された従来の経済学を超えた新たな方向性を示した独自の経済学の考え方。国連が提唱したSDGs(国連持続可能な発展目標)の諸指標も踏まえつつ、新たな経済学が目標とすべき社会経済の課題は、地球環境の制約を明確に示す「プラネタリー・バウンダリー」の輪の内側と、貧困問題や雇用問題など経済や社会において達成すべき目標を表す輪の外側に挟まれる二つの輪の間に社会経済を収めることこそが、本来の経済学の役割であるとし、「目標を変える」など、7つの新たな経済学が目指すべき方向を示している。
(対談② おわり)