対談3「【百年杉】に触れる」
小倉: 当院の床は加藤木材さんに【百年杉】で施工してもらいました。合板フローリングの上に【百年杉】を置いただけで、こんなに快適な空間になるとは思ってもみませんでした。とても感謝しています。先ほども言いましたが、【百年杉】の床に変えてまず気付いたのは、入ってこられる方の呼吸の変化でした。
加藤: 何度聞いても凄く嬉しいです。そして小倉先生がそういう【百年杉】と人間のからだの動きをいつも注意深く見てくださることに、深謝し続けております。
小倉: いらっしゃった方のその時の状態を拝見するのも大切なことの一つですので、とても興味深いと感じました。そして、お待ちいただいているとき、足の裏で杉に「触れている」人が多い。それだけでなく、時には靴下を脱いで、素足になられる方もいらっしゃいます。しかも、それが無意識のように、それが当り前のように、ごく自然にそうされます。老若男女問わずに、です。
加藤: おぉ!老若男女問わずに!人類すべてが【百年杉】を愛おしく想ってくれているのですね!!(笑)。
小倉: そうかもしれませんね(笑)嫌な空気は吸い込みませんし、好きじゃない物は触ろうとしませんよね。ですから無意識に求めている人が結構いるということを認識しました。これは新しい発見でした。人類すべてだったらそれこそすごいですけど(笑)、でもあながち嘘でもないと思うんです。確かに多くの人に好まれていますしね。正確に言うと、「好んでいる」ということが意識に上っていないけれど、からだ?細胞?が「無意識に選択している」というように感じます。
加藤: うれしいことです。
小倉: 木が生体へ与える影響について、多くの研究が行われているようですね。その研究結果から、「木がある環境は健康面に良い影響を及ぼす」ことが示唆されています。快適さが心地好いということもあるのでしょうが、それだけではない「効果」が多く報告されていますよね。例えば、室内の内装に木材を多く取り入れた施設では、血圧、脈拍、ストレスホルモンなどが低下することが確認されています。また、木造と鉄筋コンクリート造りの校舎の屋内環境を比べると、鉄筋コンクリートの校舎では、児童・教職員ともにからだの不調を訴えたり、精神的ゆとりを持ちにくい傾向にあるという怖い報告もあります。
加藤: そうなんです。研究もたくさんされていて、結果も出ているわけで、そういう情報ってある程度共有されていると思うんです。だって商業施設においても売り場面積を縮小して杉のキッズスペースを設置したら売り上げ増UPという話を聞きますし…全国の商業施設に杉のキッズスペースをつくる会社も現れていますし…イベントなんかでも親御さんと話していると、子どもに木を触れさせる事が、子どもの心身に良いことは、結構知っているんです。
小倉: 私は実はこういう情報は、実際の効果ほど共有されていないんじゃないかと感じています。実際に私たちの生活の中ではほとんど反映されていないですよね?私は幸運なことに、自身の体験や患者さん、関わってきた人たちの変化を実際に近くで見てきました。それに加えて、多くの論文や研究を見ていて実体験が裏付けされていき、杉のすごさをより感じられる環境にありました。だから、加藤さんの「輪ゴム鉄砲作りワークショップ」が大人気なのはとても納得できます。
加藤: ええ、「輪ゴム鉄砲づくりワークショップ」はいつも満員で…だけどそこに来る子どもたちの家には木も…【百年杉】も無い…子どもたちは待ったなしだから…渇望してるんじゃないかと…だからいつも満員…そこを動きたくないから親御さんが「じゃぁここで買ってくか…」で売り上げ増…ぼくは凄く悲しい。
親御さんが“知って”いても…それは「知識」であって「知恵」になっていない。じゃあなんで子供部屋に杉が無いの?…千年以上もの間、この国の子どもたちの周りには杉があった国なのに…それが少なくなって40年…。う~ん…。
小倉: 少なくなってしまった理由はいろいろあると思います。例えば安価な外材が輸入されて、国産の木が私たちから遠くなってしまったこと、住宅事情が大きく変化したこと、供給が時代のスピードについていけなかったとか…。そうして少なくなって40年も経てば、杉の扱い方を知っている人も少なくなってくるし、メンテナンスの仕方を知っている人も少なくなってくる、だから加藤さんが貴重な存在なわけです。
加藤: 子どもたちが持っている能力、感じる力によって木を求めていることを、もう少しぼくたち大人が大切にできたらいいと思うんです。木が良さそうなのは分かっていて、自然に触れさせるために木のイベントには一緒に行くけれど、家には木がほとんど無い。
ぼくはこれが凄く悲しいんです。
小倉: 現実的に木が生理的変化を起こすということは、本当は子どもたちだけでなく、大人も求めているのではないかと私は思っています。時代的背景で遠い存在になってしまいましたが、だからこそ、多くの研究がされ続けていて、日々学んでいる方々がいる。住環境だけでなく、病院内という空間でも貴重な報告があります。『「一般的な隔離病室(CN)」と、「スギ材と和紙で内壁を改装した隔離病室(RD)」が短期滞在者の生理機能に与える影響を比較した研究』です。これによると、健康な成人男性が24時間滞在した結果、CN内湿度はRD内より10%低く、昼間のCNの直腸温はRDより優位に低い、と報告されています。これは自然素材がヒトの核心温の生理的上昇を妨げず、滞在者に生理的に良い効果があることを意味しています。
加藤: そうですか!(笑顔)やっぱり人の生理機能に良い影響を与えてくれる!!ぼくも多くのお施主さんから、からだの何がどう変わったかを聞く事が多いから、そう信じてきました。でも…それなのに、ほとんどの人の身近に木はありませんよね…。タワーマンションの最上階を2億円以上出して買える経済力を持っていても、もはやその空間には木が1枚も無いのが我が国の「住文明」です。「住文化」ではなく「住文明」…。
小倉: 生理的に良い効果をもたらしてくれる住空間もあれば、悪い効果をもたらしてしまう住空間もあります。住空間をどんなデザインにするかでその人の一生が大きく変わってくる、その危機感をもっと持たないと、私たちが思っている以上に大きな影響を及ぼすものだということですよね。
加藤: 確かに、ぼくら「建て売り・マンション乱立世代」としては、最初からほぼデザインされたものを買っていく。それを自分で変えられるということに意識がいかない…そしてそれが恐ろしいことに、自分の健康に…今後の人生に大きく影響を与えてくる…。
小倉: 加藤さんは施主さんや輪ゴム鉄砲づくりワークショップなど、いろいろなイベントで、親御さんとお話しする機会も多いですよね。大人で生理的に効果が出るなら、子どもはもっと盛んに反応しているはずなんです。そういう子どもの変化について、何か話しに出ることはありませんか?
加藤: そう言えば、こないだ、「うちの子は3歳から毎年やっています。毎年の“鉄砲”は全て吊るして飾っています。でも友人が来た際など、“鉄砲”を貸すのですが…初年度の“鉄砲”は絶対に貸さないんです(笑)。なぜなんでしょうね。貸すのは必ず2年目以降の鉄砲…。
小倉: 興味深いですね…。
加藤: 俺ね、小倉先生から教わった「触覚」だと思うんだ。全てが!…。あの子たち真剣に的を「狙う」でしょ。輪ゴム鉄砲で…。
「集中」…そして手から伝わる【百年杉】の好感触。
それが「残る~体内に刻まれる」…オリンピック競技者並みの集中力で狙う…
汗がにじむ…それを【百年杉】が受け止める…包み込む(吸い込む)。
身の回りのケミカルな素材は「集中時」、指先ににじむ汗をそのままにするから
ベタベタで不快にするモノばかりだけれども
「輪ゴム鉄砲」は「集中」する時に不快にならない。あの子たちはようやく素敵な相棒に出会った…。
小倉: それは愛着ですかね。
加藤: そうですね。たしかに「愛着」もそうですが、初恋…相棒…パートナー…とにかくあの子たちは身の回りのモノには無かった待望の素晴らしいパートナーに出会えたんですよ。鉛筆…シャープペン…机…筆箱…箸…スプーン…とにかく子どもたちが触れるモノは吸湿性の無い緊張感から来る湿気(汗)を冷たく吸ってくれない素材ばかりなんですよね。指先の不快な「触感」はあの子たちの「集中時」の記憶も煩わしくさせてはいないでしょうか…。
おれ…やっぱこれだけ「ウケてる」輪ゴム鉄砲づくりも、やはり家に木が…杉が無いからだって確信があるんです。
常にしっくりと「人肌」のように自分の湿気を吸いこんで受けとめてくれる相棒である【百年杉】との最初の出会い!!は鮮烈だったでしょうから心身に刻まれてると思うんですよね。
だから最初の輪ゴム鉄砲は、がんばって作ったという達成感も含めて「特別」な存在だから誰にも貸さないと思うんだ。
小倉: 私たちの指先は「湿気」を常に帯びますから、一見ツルツルでもガラスやビニルのような素材に触れると、自らの湿気がガラスと指先に帯びてベタベタして不快な感触になります。加藤さんの言う通り、木「特に杉」は吸湿…貯湿がたくさんできる素材ですから、指先の湿気を瞬時に吸ってくれて、不快な感触にはなりづらいですよね。
加藤: そう。杉は調湿性にとても優れた能力を持っています。これだけ湿度変化の大きい日本で、正倉院のお宝の数々が長い年月美しい状態で保存されていたのも、宝物が全て杉の唐櫃に入れられていたからだと言われていることを知らない人は多いです。
人の肌と最も親和性の強い素材というと、土と木くらいしかありませんし、同じ木でも人肌に類似しているのは【百年杉】の赤身部しかないと私は考えています。
最近の赤ちゃんが「ハイハイ省略」するがごとく、立つのが早い(6か月とか…)と言われていますが、それは不快で不安全な床の感触と化学物質臭が原因とは考えられないでしょうか。「ハイハイ」を省略すると反射神経や脳の成長…言語…集中力…心などに影響があると警鐘を鳴らされる先生方も多くいらっしゃいます。
たかが「輪ゴム鉄砲づくりワークショップ」なのですが…
いろいろと教わることが多いです。
だから、木もそうだけど…やっぱり“杉”だからのような気がします。うまく言えなくも無いけど、また長くなりそうだから今日は理由はやめときます。ははは。
小倉: 加藤さんの実体験はとても興味深いですね。現場でしかキャッチできない現象の蓄積量からしても、加藤さんはとっても貴重な存在ですね。
やっぱり“杉”というのを裏付けするような、有名な研究報告があります。
1986年に静岡大学から報告された、マウスの住空間についての報告によると、マウスを木、鉄、コンクリートの箱の中で飼育・産まれた子マウスの23日間の生存率は木(85.1%)、鉄(41%)、コンクリート(6.9%)でした。また、マウスの床材の嗜好性試験では、スギまたは合板>ヒノキ>クッションフロア>塗装合板>コンクリート>アルミの順で、この嗜好性順位はマウスの生存率や臓器の発達、成長速度の順位とほぼ一致しており、木製ケージ以外で育ったマウスは腎臓に水腫を発症しているものが多く見られたと報告されています。
加藤: おぉ!そうだった!そこがつながっていませんでした!ぼくがこの実験で覚えているのは、マウスさん達はダッシュしてスギの家にみんな向かったらしく…すぐに満員になったから、出遅れたマウスさんたちはしぶしぶ、コンクリートの家に入ったという話です。さすがにキツイから、その後はマウスさんの嫌いな匂いのヒノキの家に移ったらしいのですが…。スギという木の“いのち”に分け隔てなく、すべてに与え続けるありがたき木よ…と感動したのを覚えています。まだぼくが20歳代頃の感動!でした。
小倉: 無意識を日々意識化していくのはほぼ不可能だと思います。じゃあどうしたらいいか。倉敷民藝館初代館長外村吉之助さんは『少年民藝館』という本の前書きでこう触れています。
人間は誰でも毎日親しくしている友だちの影響をうけて、知らず知らずのうちに良くも悪くも変わるものです。それで昔から「朱に交われば赤くなる」といって、良い友だちを選べ、という格言が世界中にありますが、同じように、毎日いっしょにいるもの言わぬ友だちも、人に強く影響を与えますから、私どもは用心せねばなりません。
もの言わぬ友だちというのは、毎日私たちと一緒にいる道具類のことです。
人間は誰でもみな丸裸で生まれて来ますけれども、必ず多くの道具を使い、それにたより守られて、長い一生を暮らします。
その道具が良いか悪いか、美しいか汚いかで人間の心がけが変わるのです。
たとえば、運動服を着けると勇む心が起こり、寝間着を着るとゆるんだ心になります。
見せかけの、形も色も悪い道具類を使っていると、心まで粗末な人になってしまいます。
ですから、形も色も良く、たよりになる健康な美しい道具を選びたいものです。
小倉: 今の時代だからこそ、身の周りの環境(こと)を見直すときではないでしょうか。
加藤さんはそんなものを提供してくれる貴重な存在だと思います。
加藤: ありがとうございます!今のお言葉で3年くらいはおかず抜きで飯食えます(笑顔)!!
加藤政実:(有)加藤木材…いわゆる百年杉の加藤木材 代表取締役
木の香睡眠研究家。1964年生まれ。高校を卒業後、木材製品市場に住み込みで修行。北海道から九州までの日本の木を毎日担ぎ経験を積む。全国の多様な杉を見て触れて目利きを養い、現在は最高品質の百年杉しか扱わないという経歴により、個体差の激しい杉の「目利き」として存在感を放つ。百年杉を取り入れた建築や百年杉を使った家具しかやらないという旧来の縦割りである…木材流通…建築屋…家具屋でもない素材横断業務の【百年杉屋】の代表である。
小倉洋子:はり・きゅう治療院 杉の子堂 院長。東京大学医学部附属病院勤務。
東京女子体育大学卒業。はり師・きゅう師の国家資格取得後、東京大学医学部附属病院研修課程入所。はり・きゅう 治療院 杉の子堂 開院後、同大学附属病院リハビリテーション部物理療法部門(女性科専門)にて診療にあたっている。現代医療鍼灸臨床研究会(JSMAMR)評議員。全日本鍼灸学会(JSAM)会員、性と健康を考える女性専門家の会(Women’s Wellbeing)会員