わが国のまるでレジ袋内かのような…極端なビニル&プラスチック住宅は
世界でも特異な存在です。
お金が無いから安価なビニル&プラスチック住宅では無く
この国はお金持ちの部類の国家ですしね…。
そして実際に高収入な方々もビニル&プラスチック住宅に住んでいます。
本当に不思議な話だと思いませんか。…
例えばわが国の住宅の壁紙の約90%が「ビニルクロス(塩化ビニル製)」です。
ところが人口や経済規模も同程度のドイツでは紙や布が約70%。
ビニルはわずか数%しか使われていません。
この理由を日本側から考えれば
1960年代の高度成長期の住宅不足時には「早く・安く・大量に!」建てる必然性があり
その際にこの国では何千年も使われてこなかった石油製品への大転換がおこなわれて…
慣習行動として今も続いています(日本の木→外国の木をはさんでの→石油製品)。
話はあえて脱線させますが…
わたしはここに、この国の数多い天災にめげない復興・復旧へのメンタリティを感じます。
そこに敬意を感じています。
これこそが先人から受けついだ逆風にめげないスピリットであり
日本人にはそれが継承されていたのでしょう。
ですから戦中の「山の畑」の乱伐状態からの戦後の「山の畑」が枯渇した状況下において
木無き状態からの…スピード感を優先して外国産材を経て石油製品を選択したのでしょう。
それではなぜ?同じく敗戦国からの復興を遂げたドイツ人は千年以上続いている
「木や土や石や紙の家」を選択したのでしょう?ドイツ人の話を聞いてみましょう。
「科学はとても正確なのですが、【長期に渡る影響の結果】の測定に関しては苦手なのです。
例えば…食べてすぐに死んでしまうような食べ物の測定について科学は得意ですし、正確です。
しかし長期に渡って食し続ける事の弊害などの測定は苦手なのです。
ですから、長期影響に関しては、わたしたち自身が熟慮して選択しなければならない。
木~紙~塗り壁などは、西洋だけでなく東洋文化でも千年以上使われ続けていていますからね。
経験学問として…その無害性のみならず有用性さえも共有されている素材なのです。
それらは科学的な立証ではなく
千年以上世界中で続いてきた人類の経験学問として共有されているのです。
そういう安全な答えがあるのに
わざわざ今まで人類が使用したことの無い素材を
住まいに選択する気にはならないというのは当然の選択ではないでしょうか。
わたしたちの国には日本のような素晴らしい香りを発する木はありません。
日本の木は素晴らしい。とてもうらやましい。
でもわたしたちはそういう木が無くても
安全性への経験学問から、やはり木を使うのです。
(著名な建築家の日本講演時の同時通訳時の言葉を編集)」
さすが科学を産み出した地域の民ですよね。
彼らは科学の得意~不得意を理解したうえで科学と付き合っています。実にうらやましい。
あと…話は反れちゃうけど…
やっぱ!「木は害が無いから使うまでさ!」というノリですよね。
この辺りも要!チェック!!
いわゆる「適材適所」のような
「木材の得意分野別活用」のような発想が無いのです。だって得意分野のある木が無いんだもの。
英語の「適材適所」って「The right person in the right place」になって
木材~植物がまったく出てこないでしょ。
だって欧州って杉みたいな「魔法使いのような木材」が無い地域なんだもん。
でもこの国の建築ってそういう
「木力(きじから)の無い、害の無い素材に過ぎない木材しかない国」の
影響を受けすぎていませんでしょうか。
あと…日本の木ってアロマオイル不要の香りのパワーウッドの精鋭たちなのに…
杉・桧・ヒバのアロマオイルをありがたがるのも理解できないっす。
欧州は木材に香りが無いという悲しさからのイノベーションとして
アロマオイルを産み出したのであって
この国ではこれだけ「香る木」があるから不要なのにねぇ。
欧州への憧れ?…なんでしょうかね。
どっちがエネルギー消費が少ない持続可能な話なのかは明らかですよね。
話しを戻しますね。
こういう考え方から彼らは急速な経済復興を選択せずに
(木ではなく石の家だから…復興への時間もかかったのでしょうけど…)
緩やかに「木や土や紙の住まい」を時間がかかっても建造し続けて今に至るのです。
そして、わが国は少し前にドイツにGDPも抜かれました。まるでウサギと亀ですよね。
後述いたしますが、急速に発展を遂げた「眠れない家」のわが国と
緩やかな復興を選択した「1,000年続いている眠れる家」の国との現在の位置関係。
わたしたちの国は、あまりにも偉大な植物だらけの恵まれ過ぎた環境から
千年以上に渡って科学不要な島であったゆえに
「科学との付き合い方」を身に着けないまま
今はまるで科学に支配されているかのような感を持ちます。
誤解の無いように記しておきたいのですが
壁紙が塩化ビニルだからダメ…ではなく
床材が特殊シート張り(≒プラスチック製)だからダメ…でもなく
家具や家電製品がポリエステル製品だからダメ…では無いのです。
それらが「悪」ではありません。
なぜなら…売り上げを増やす為に企業は
「性能の良さ」や「安価である」ことを発信したいのですが
「性能」という製品の「質の違い」を理解するには
購入者側は相当な力量が必要になりますよね。
相当に「賢い消費者」でなければ「価値ある素晴らしい製品」を理解できないのです。
ですから「一見高く見えても本当は高くない=ホンモノの製品」をいくら製造しても
それを理解できるような「賢い消費者」は圧倒的に少ない!…のですから売れないのです。
しかし…「価格が安い製品」というメリットに関しては
割り算ができないような消費者(例え話です)でも…
足し算&引き算しかできない消費者(例え話です)でも…
「価格が安い製品」というストレートなメリットは理解ができるのです。
ようは…バ○でも理解できるのです。
ですから…大量に製品を売るためには「安価な売り文句」しかないのです。
だって…「(ある程度の価格になる)本当に良い製品」は作っても大量には売れないのですからね。
話を1960年代に戻します。
製品を「早く・安く・大量に!」製造するには
不均一な個体差を持つ植物資源や目利きのスキルを有する木材よりも
ビニル&プラスチックが圧倒的に有利なのです。
ですから企業側はこれらの当然の商品開発意図によって製造しているに過ぎません。
そしてこれらの行動はある意味当然な行動なのですから
責められる理由など無いはずなのです。
しかし、現在のわが国の世界で類を見ないガラパゴス的な…
まるでレジ袋内かのような住宅は、特異であり明らかに過ぎていませんでしょうか。
もともとの住宅スペックだけでなく…購入して家に招き入れる家具や家電を含めて
ほぼ全量がビニル&プラスチック製になっています。
ここまで「ビニル&プラスチック製品に満ち溢れた住まい」は
わが国以外に、この地球上に…おそらく存在しません。
わたしだってビニル&プラスチック製品のお世話になっています。
安価でとても便利な恩恵をいただき続けています。感謝しています。
石油製品が悪いわけではありません。
ただ明らかにわが国の住まいは「過ぎて」はいませんでしょうか…。
ですから製造者たる企業側も…たとえば行政を含めてさえ…
誰も「長期に渡る住環境の影響」に関するグリップ可能な存在は無いのです。
他者に依存しようにも不可能なのです。そんな相手はいないのです。
可能なのは購入者であり消費者であり施主という「賢い大人」だけなのです。
買った住宅がビニル&プラスチック住宅なのだから
「家具だけは木製にしよう!」とかね…。
ドイツ人にできて、わたしたちにできないのって悲し過ぎませんでしょうか。
ある意味、大人の言う事のみを聞いてきた
お勉強はできるけど…飼いならされた家畜のような大人ではなく…
大人の言う事を鵜呑みにせずに、真理の探究という
「あきらめずに思考の継続」を続けてきた「賢くしぶとい大人」のみが
「過ぎない住まい」の選択が可能なのかもしれません。
ヒトや企業のせいにしているようでは、幸せはつかめまい。
依存や他者との比較による優越感は自己に何のスキルの上積みをもたらさない。
自分がより賢くなり続けるための、労を惜しまずに生き抜くことのみが
子ども達の明るい未来や家族の幸せを上振れ~上積みさせていく唯一の行為なのです。
(つづく)


